ハクレンのジャンプ

交通:JR宇都宮線・東武日光線「栗橋駅」より徒歩約15分 国道4号線沿い

hakuren1.jpg
 全国で唯一のハクレンの自然産卵場所です。毎年6月から7月にかけて利根川の下流から産卵水域の栗橋地先に集まって待機します。かなりの数のハクレンが一個所に集まるため、ダイナミックなハクレンのジャンプが見られます。
 ハクレンは、中国大陸が原産のコイ科の淡水魚です。古来、中国では、ハクレン、コクレン、ソウギョ、アオウオの四種を 「四大家魚」と呼び、食用として養殖が行なわれていました。毎年6月から7月の産卵期に、数十匹単位の大ジャンプが、1日数回から多いときは数十回見られます。


ジャンプの理由
Hakuren04.jpg
 数十尾のハクレンが連続で一斉に飛び跳ねる光景は、ダイナミックそのものです。しかし、なぜジャンプするのかはなぞに包まれています。
 ハクレンは小心的で臆病な魚なので、杭にぶつかった反動であるとか、物音や振動などに驚いて跳ねるのではないかとか、また、最初に驚いてジャンプしたハクレンにつられ、他のハクレンもジャンプするらしいともいわれていますが、詳しいことはまだよく分かっていません。

hakuren.png

静御前ゆかりの地

 源義経の内妻であった静御前が、義経の後を追って平泉に向かう途中、この地で悲恋の死を遂げたと言われています。そのため、栗橋には静御前ゆかりのスポットや静御前まつり、静御前にちなんだ地酒やお菓子などがあります。

静御前の墓所

交通:JR宇都宮線・東武日光線「栗橋駅」東口下車、徒歩約1分

静御前の墓.jpg
 「静女の墳」は、静御前の墓にしるしがないため、中川飛騨守忠英が、享和3年5月(1803年)に建てたものと考えられています。 また、静御前墓所内には「静女塚碑」をはじめ静御前にまつわる石碑などがあります。




Sizuka01.jpg
 静御前は、源義経の内妻で舞の名手として知られています。逸話として、寿永元年頃、世の中は平氏と源氏の権力争いの中、 三年もの干ばつが続き、静御前を含む百人の舞姫が選ばれ、「雨乞いの舞」を舞うよう命じられました。
 しかし、九十九人 まで舞い終わっても一滴の雨も降りませんでした。残った静御前が舞いつづけると滝のような雨が三日三晩降り続 けたといわれています。
LinkIcon詳しくはこちらへ。


静桜

交通:JR宇都宮線・東武日光線「栗橋駅」東口下車、徒歩約1分

静桜.jpg
 静御前にゆかりのある桜で、日本に数箇所しかない貴重な桜です。静御前の墓所内のほか南栗橋大排水路や各公共施設など栗橋各地に植えられています。
 静桜は、里桜の一種であり、ソメイヨシノのような桜に比べ、花期の訪れが遅く、4月中頃から開花します。花は、 5枚の花弁の中に、旗弁(はたべん)といって、おしべが花びらのように変化したものが混じる特殊な咲き方をします。
LinkIcon平成26年の静桜開花情報。

栗橋関所跡碑

交通:JR宇都宮線・東武日光線「栗橋駅」より徒歩約15分

kankou_sekisyo.jpg県指定文化財 栗橋関跡(房川渡中田関所)
 この関所は、寛永元年(1624年)東海道の箱根、甲州街道の駒木野、中山道の碓氷と並ぶ主要な関所として、明治2年まで置かれました。
 関所の規模は、箱根の関所と同規模で幕府が北からの警護に力を入れていたことがうかがえます。特に厳重に取り締まったものは、「入鉄砲と出女」といわれています。
 栗橋関所は、日光道中が利根川を越す要地に「利根川通り定船場」から発展した関所の一つで、「房川渡中田関所」と呼ばれました。寛永年中に、関東代官頭の伊奈備前守が番士4人を置きました。




Sekisyo01.jpg

現在は、関所跡碑(大正3年建立)が利根川堤防にあり、関所の模型が郷土資料館に展示されています。

CCF20170306_00000.jpg

CCF20170306_00001.jpg

南栗橋の桜並木 (ソメイヨシノ)

交通:東武日光線「南栗橋駅」より徒歩約10分 大排水路沿い

minamikurihashi_sakura.JPG
地元では通称「大落とし」と呼ばれる、大排水路沿いに植樹された1.5kmに及ぶ桜並木。春の日差しの中、最適の散策エリアです。


header_title_logo.jpg

baner_stamp.png

baner_minami.jpg

h_logo.jpg

inoue.jpg

yokoi-rogo120.jpg

JA.jpg

logo_feelplus.png